超音波技術、その始まり

アイデアの誕生

超音波溶着を開拓したパイオニア、Walter Herrmannは、さまざまな発明と特許を活かし、この技術の産業化に大きく貢献しました。1950年代の終わり頃、技術の現状に満足していなかった彼は、非常に不安定な標準超音波チューブ発振器をダイナモ原理をベースとする機械式発振器に切り替えようと考えました。創業時の資本金は3,000マルクで、妻のIngeborgとともに会社を設立したのは、1961年のことでした。

2021
製品や作業工程のデジタル化、ネットワーク化された「インダストリー4.0」生産、モダンで配慮の行き届いた作業環境など、Herrmannは未来を視野に入れた職場づくりを進めています。
2018
カールスバート事業所の第3回の拡張工事を実施し、面積は18,400m²に拡大。新築部分だけでなく、既存のすべてのエリアで大規模な近代化を行いました。その結果、リーン生産方式と多機能な作業環境を備えた世界最大の超音波キャンパスが誕生しました。
2017
第4事業部、METALSを開設。非鉄金属用の超音波溶着システム。主な用途は、リチウムイオン電池、ケーブル端子接続、ケーブルハーネスなど。
2015
第3海外本部を東京北東部にあたる柏市に設置。
2011
Herrmannは、750名のゲストを迎え、華やかなマルチメディアショーで創立50周年を祝いました。Thomas Herrmannと妹のSabine Herrmann-Braussは、両親のライフワークへの感謝の気持ちを込めて、IngeborgとWalter Herrmannに企業年代記「ZEITPUNKTE」を贈りました。
2008
カールスバート事業所の2度目の拡張工事を実施し、面積が9,500m²に拡大。緊迫した世界経済情勢の中、この投資は生産拠点としてのドイツへの明確なコミットメントを示しました。
2007
Thomas Herrmannは、米国のHerrmann Ultrasonicsからカールスバートに戻り、CEOとしてグローバルな経営責任を引き継ぎました。Herrmann Groupの海外拡張を主に担当しました。
2006
上海から西へ車で1時間の場所にある中国・太倉に第2海外本部を設置。
2000
カールスバートの初の拡張工事:印象的なロタンダ(円形建築物)は、企業のアイデンティティとして定着しました。新しい超音波溶着のラボやトレーニングルームを備え、顧客へのアドバイスに重点を置いています。拡張工事により、面積は当初の3倍に当たる5,200m²に広がりました。
1997
DYNAMIC digital control:世界初の100%デジタル発振器は、最新のデジタル制御技術を採用しています。構成部品の公差、温度変動、経年変化に関わらず、発振器とスタックの相互作用を最適化することができます。
1996
ULTRALINEは、超音波カスタマイズ機の代わりに、大型のプラスチック部品を溶着するモジュール式の標準マルチヘッド溶着装置です。主に、自動車の計器クラスタ、エンジンカバー、ライトなどに使用します。
1994
3番目の事業部、NONWOVENSを開設。特許取得のマイクロギャップコントロールにより、不織布を高速で連続溶着できる画期的な最新技術を開発。
1990
初の海外本社。Walter Herrmannの息子、Thomas Herrmanがシカゴ近郊に子会社、Herrmann Ultrasonics, Incを設立。
1989
2番目の事業部、PACKAGINGを開設。プラスチックベースのパッキング向け超音波溶着モジュールとシステム。
1986
DIALOG:溶着プロセスをグラフィックで可視化した初の超音波装置HMIコントロール。画期的な発明で、溶着品質をスマートに最適化する市場で唯一のHMIコントロールとして、長年にわたり高く評価された。
1984
超音波カスタマイズ装置:自動車のバンパー、ドアパネル、計器パネルなどの大型プラスチック部品を溶着する顧客独自のソリューションに最適。
1976
ULTRASAFE:世界初の工業用の遮音機能を備えた超音波溶着装置。
1974
世界初の高出力超音波トランジスター発振器を発表:超音波溶着技術の発展において重要なマイルストーンとなる。
1973
カールスバート、イッタースバッハの新設工業地帯に、1,800m²の面積の未来のHerrmann Group本社を設置。
1969
熱可塑性部品用の初のHerrmann超音波溶着機を発表:初めての事業部、PLASTICSを開設。
1961
会社の設立
カールスバート、ランゲンシュタインバッハで、Walter Herrmann Elektronik und Elektromaschinenbauを設立。

大企業に発展したHerrmannも、始まりはささやかでした。高周波技術者であったWalter Herrmannは、プフォルツハイムのオティシェイムにある小さな戸建ての地下室を作業場に、リビングルームをデザインオフィスに改装しました。最初の数年間は苦難の連続でした。独創的な発明とたゆまぬ努力にもかかわらず、失敗と挫折を繰り返しました。しかし、Walter Herrmannの粘り強さと技術力、そして常に顧客の利益を追求する姿勢に支えられ、たった一人で行っていた事業から企業へと発展していったのです。

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